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「糸」8/14(水)
なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語


縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない


なぜ 生きてゆくのかを
迷った日の跡の ささくれ
夢追いかけ走って
ころんだ日の跡の ささくれ
こんな糸が なんになるの
心許なくて ふるえてた風の中


縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない


縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます


“なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない


いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない”


「いつ出会うのか、なぜ出会うのか」その答えは
世の中に存在しません。
ただ。人間は直感的に思考で分からないことを
なんとなく感じ取っているのです。


理由を求めるのではなく、出会いというありのまま
の事実を受け入れることが必要です。



“縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるのかもしれない”



人を糸と例えて、「出会い」や「縁」の必然を説明しています。
出会いとは決して当人だけのものではないのです。
その出会いによって誰かのいのちに希望や喜びを与える
ことが出来るかもしれない。


“こんな糸が なんになるの
心許なくて ふるえてた風の中”


誰かの歓びや希望となる糸ですが、それは決してピンと
強く張り続けられません。時に強い風に吹かれ、繊細
な糸は今にも切れそうに揺れるのです。


“縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は仕合わせと呼びます”


「仕合わせ」という言葉には幸せという意味もあるが、
「めぐりあわせ・運命」という意味もある。


糸をどのように布へと変えていくか、つまり、出会いを
どう成熟させていくかがとても重要なのです。


「なぜ出会うのか、いつ出会うのか」その理由は分からず
とも、出会いそのものが自他を気づかせている、さして、少しでも
人のお役に立っているかもしれないのだから。


そこには善も悪もなく、ただ因縁という織りなされた糸の
めぐりあいがあるだけなのです。

・・・・・・・・・・・

そんなお話を今日の松島家のご法事でしようと思っていましたが、
少しばかり残念です。


今日は「糸」のことを考えながら千葉で一日を過ごしておりました。


また新宿の酔心で・・。

21:22, Wednesday, Aug 14, 2019 ¦ 固定リンク ¦ コメント(0) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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