「母性に繋がり母性に戻る」7/27(土)
八月になると十三日、十四日、十五日の
三日間が会社のお盆休みです。
当然、住職である僕は広島に帰って
初盆のお参りに行ったり、父方・母方先祖
のお墓参りに行ったり。
そして盆踊りではお経を読んだり。
この「盆踊りのお話」を八月の寺報では書き
ました。お釈迦様の弟子の一人で、神通力第一の
目連尊者のお母さんが死後、餓鬼地獄に堕ちます。
その餓鬼地獄から目連尊者のお母さんが救われた
喜びを目連尊者が身体全体で現したのが、あの
「盆踊りですよ」というお話です。
では、目連尊者のお母さんはなぜ、欲望と心の
飢餓感りために餓鬼地獄に堕ちたのでしょうか?
人間が持つ、安心できない心、いつまで経っても
満足できない心、理由の無い飢餓感、異性や他人
を求める心、・・・これらの原因は、自分の心が自身
の良心、(母性・仏性)から離れていることにあります。
人間がこの世に生まれてくる大目的は、
生きている間に、自分の心に奥底の良心(母性・
仏性・阿弥陀さ)に出会うためでもあります。
自分の良心(母性・仏性・阿弥陀)に気付く深さが
増すほどに、目に見える物に対する欲求はだんだん
と消えていきます。そして、いつも安心した心となって
いくからです。
そうなると、まるで大きな母性に、いつも包まれた
心境でいられます。
これを仏教では「悟り」といったり、真宗では「信心」とい
ったりしていますが、大いなる母性と繋がり安心を得
るとので「悟り」も「信心」も同じことを言ってるのです。
ところが、これに気付くのが、体感するのが
なかなか難しいのです。
例えば、子育ては、親自身の母性を大きくして、
親が自分の母性に気付くための行為ですね。
育てられる子供は、
親から母性の片鱗を疑似体験する学びがあります。
親も子供も、ただの親子関係だけではなく、
その先に各人が母性を意識することが、
心の奥底の「いのち」のレベルでの本当の目的なの
です。
つまり、人間がこの世に生まれる目的は、
自分に心の内にある良心(母性・仏性・阿弥陀)に
気付き、その良心と繋がって生きていくためにあります。
また、そのために森羅万象が流れる法則があります。
だから、大きな流れに逆らわずに、
日常生活の中で自分の良心(母性・阿弥陀)を
意識する視点を男女ともに持って、
日々仕事をしたり生活をすれば
阿弥陀の願いに生きているということになります。
それが念仏の本質です。
そうしますと、日常生活や仕事のでもいろいろな
事が流れだし、自分もお客さんも喜ぶという
自利利他円満の道を歩め、
いのち霊的成長も早まります。
だから男女ともに、
自分の中に母性(良心・阿弥陀)を意識することが
もっとも大切でなのです。
意識しない物事は起こり難いですから・・・。
子どもの頃から自分に内在する母性(良心・阿弥陀)
を意識した保育や教育をされますと、その子どもが
成人する頃には、愛情深く自己肯定感の高い愛情
ある成人になれる可能性は高いです。
では、どんな保育や教育か?
生き物や植物を育てるのは、とても有効です。
そして、それらの死を体験する事により、この娑婆
世界の現実と肉体(物質)のはかなさを認識して
行きます。
もう一つは、他人への「思いやり」「相手の立場に
立つ」心を育てる教育が大事です。
今の会社の社員たちが役に立たないのは、
他者への思いやりの欠如が大きい面があります。
会社の仕事は、次の工程への段取りが大切なの
です。自分の分担だけを終わらせる意識の人間が
いますと、全体では仕事が完了しないか、
後で大きな問題と成ることがいっぱいあります。
自分の仕事の「後をする」人間を配慮した仕事ブリ
が大切です。
うちの会社では、この「思いやり」「気配り」の大切さ、
また「掃除」「整理整頓」「報告連絡相談確認」を
マネージャーで気配りの名人である法子さんが
徹底的に社員全員(特に女性たち)に躾けます。
それは一見「厳しい躾」に見える場合もありますが、
まさしくその人の心の奥にある良心(母性・阿弥陀)
と繋がるための躾と言っていいです。
この様な、思いやり心の強い人間が多い会社や国は、
必ず発展します。
売れる商品やヒント、そして気持ち良いサービスも、
「思いやり」からドンドンと生まれます。
思いやり=母性、
つまり阿弥陀さんの慈悲の御心だからです。
うちの会社の社員(特に女性たち)は、
そのことに深く気づくことだと思います。
なんのためにうちの会社にいるのかという
事の本質に目覚めるということ。
生かして頂いて ありがとうございます。
三日間が会社のお盆休みです。
当然、住職である僕は広島に帰って
初盆のお参りに行ったり、父方・母方先祖
のお墓参りに行ったり。
そして盆踊りではお経を読んだり。
この「盆踊りのお話」を八月の寺報では書き
ました。お釈迦様の弟子の一人で、神通力第一の
目連尊者のお母さんが死後、餓鬼地獄に堕ちます。
その餓鬼地獄から目連尊者のお母さんが救われた
喜びを目連尊者が身体全体で現したのが、あの
「盆踊りですよ」というお話です。
では、目連尊者のお母さんはなぜ、欲望と心の
飢餓感りために餓鬼地獄に堕ちたのでしょうか?
人間が持つ、安心できない心、いつまで経っても
満足できない心、理由の無い飢餓感、異性や他人
を求める心、・・・これらの原因は、自分の心が自身
の良心、(母性・仏性)から離れていることにあります。
人間がこの世に生まれてくる大目的は、
生きている間に、自分の心に奥底の良心(母性・
仏性・阿弥陀さ)に出会うためでもあります。
自分の良心(母性・仏性・阿弥陀)に気付く深さが
増すほどに、目に見える物に対する欲求はだんだん
と消えていきます。そして、いつも安心した心となって
いくからです。
そうなると、まるで大きな母性に、いつも包まれた
心境でいられます。
これを仏教では「悟り」といったり、真宗では「信心」とい
ったりしていますが、大いなる母性と繋がり安心を得
るとので「悟り」も「信心」も同じことを言ってるのです。
ところが、これに気付くのが、体感するのが
なかなか難しいのです。
例えば、子育ては、親自身の母性を大きくして、
親が自分の母性に気付くための行為ですね。
育てられる子供は、
親から母性の片鱗を疑似体験する学びがあります。
親も子供も、ただの親子関係だけではなく、
その先に各人が母性を意識することが、
心の奥底の「いのち」のレベルでの本当の目的なの
です。
つまり、人間がこの世に生まれる目的は、
自分に心の内にある良心(母性・仏性・阿弥陀)に
気付き、その良心と繋がって生きていくためにあります。
また、そのために森羅万象が流れる法則があります。
だから、大きな流れに逆らわずに、
日常生活の中で自分の良心(母性・阿弥陀)を
意識する視点を男女ともに持って、
日々仕事をしたり生活をすれば
阿弥陀の願いに生きているということになります。
それが念仏の本質です。
そうしますと、日常生活や仕事のでもいろいろな
事が流れだし、自分もお客さんも喜ぶという
自利利他円満の道を歩め、
いのち霊的成長も早まります。
だから男女ともに、
自分の中に母性(良心・阿弥陀)を意識することが
もっとも大切でなのです。
意識しない物事は起こり難いですから・・・。
子どもの頃から自分に内在する母性(良心・阿弥陀)
を意識した保育や教育をされますと、その子どもが
成人する頃には、愛情深く自己肯定感の高い愛情
ある成人になれる可能性は高いです。
では、どんな保育や教育か?
生き物や植物を育てるのは、とても有効です。
そして、それらの死を体験する事により、この娑婆
世界の現実と肉体(物質)のはかなさを認識して
行きます。
もう一つは、他人への「思いやり」「相手の立場に
立つ」心を育てる教育が大事です。
今の会社の社員たちが役に立たないのは、
他者への思いやりの欠如が大きい面があります。
会社の仕事は、次の工程への段取りが大切なの
です。自分の分担だけを終わらせる意識の人間が
いますと、全体では仕事が完了しないか、
後で大きな問題と成ることがいっぱいあります。
自分の仕事の「後をする」人間を配慮した仕事ブリ
が大切です。
うちの会社では、この「思いやり」「気配り」の大切さ、
また「掃除」「整理整頓」「報告連絡相談確認」を
マネージャーで気配りの名人である法子さんが
徹底的に社員全員(特に女性たち)に躾けます。
それは一見「厳しい躾」に見える場合もありますが、
まさしくその人の心の奥にある良心(母性・阿弥陀)
と繋がるための躾と言っていいです。
この様な、思いやり心の強い人間が多い会社や国は、
必ず発展します。
売れる商品やヒント、そして気持ち良いサービスも、
「思いやり」からドンドンと生まれます。
思いやり=母性、
つまり阿弥陀さんの慈悲の御心だからです。
うちの会社の社員(特に女性たち)は、
そのことに深く気づくことだと思います。
なんのためにうちの会社にいるのかという
事の本質に目覚めるということ。
生かして頂いて ありがとうございます。
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これは、私の意見では、あなたがこれまでに投稿した中で最高の投稿の一つです。質と量ともに非常に優れています。本当に感謝しています。