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「自然の摂理」5/9(火)
今日も早朝からの指導・・・・、
相変わらずといった感じでした。


人間は自分のありのままの愚かな自分、
本当に自分の悪い癖、悪い傾向性、つまり悪い個性の部分を
ひたすら昇華させるためにこの世に生を授かったのだと
私は思っています。


自分の悪い性を自覚し、昇華させて、
良い個性に変えていくための挑戦が自分の人生であり、
そのことを実現させるための手段として
目の前に一番自分が昇華させるために適した
仕事や職場環境が与えられている。


その真実に気づかない人があまりにも多いいです。


ただ、
うちの会社では常に仕事の本質である
自分の良心に沿った「思いやり」「愛情力」「情熱や努力」「結果より過程」を
常に重要視していきますので、表面的に成功しているような事柄でも
そこに光る本当のものがなければ、すぐに指摘して反省と改善を
厳しく当事者に促します。


アインシュタインが、
「人間にとっても最も大切な努力は、
自分の行動の中に道徳を追求していく事です。
私たちの内面的なバランス、そして存在そのものが、
そのことにかかっています、
行動に現われる道徳だけが、
人生に美と品位をもたらします。」


つまりアインシュタインが言う道徳とは、
良心からの自分に対する自主的な規律ということです。


規律とは、朝起き、整理整頓、掃除、時間や約束を守る、
礼儀正しくする、嘘をつかない、誤魔化さない、言い訳をしない、
言ったことは行動する、約束を守る、等々。


こういった自主的な道徳には、
自分の自我を排除し昇華させるヒントがあるそうです。


こういった自主的な規律を守り、
自我が薄くなることによって、自分の良心が輝いて
全面的に発露させるようになっていきます。


まさに、禅を見ましても、
まさにこれを実践しています。
自分の日常生活を、良心から律する道徳により、
自分自身を見つめます。


人間は、自分なりの良心からの
道徳観を持っているか否かが、
その人の仕事や人生を決めていきます。
そしてその人が関わる人たちに道徳を実践することによって
心地良さや喜びを与えていきます。


自分なりに、自分の仕事や生活を律していくこと。
これがうちの会社で一番大切にしているところです。


掃除でも、整理整頓でも、納期を守るでも、
報告連絡相談確認でも・・。それらを通じて、
すぐに音を上げ始めるヘタレの自分の横着心を、客観的に静観します。


本当の自分のいのちとは、
横着な自我に足を引っ張られようとしても、
冷静に静観して「あほか、おまえは」とびくともしない
大安心の存在なのです。


この繰り返しにより、
自我が段々と「アホかぁ!おまえは!!」と
脅しをかけた上で、やがて消えて行きます。
これを昇華と言います。


そして自分の生活習慣や規律を守る態度が
まるっきり変わっていきます。


毎朝、
伊勢丹の連中をつかまえては、
仕事を通してこの真実や自信を律する大切さを
くどいぐらい伝えているのですが、
なかなかピンときてはいません。
ということは、ほんまに物凄い自我で、
本来の純粋で素直で本当のことを感じる素の自分を、
良心を覆い隠しているのだと思います。


しかし、
少し、本当に少しずつですが
こういった教育が何日も根気よく続いているので、
少しばかりの改善は起こってきました。


ただ、改善や変化を阻止してしまうものは、
今まで「これでやってきたんだから」という、
まあ、よくあるんですが、変な自己満足からくる
プライドというか、傲慢さが、なかなか自身の素直で謙虚な
素のいのちにパッションの火をつけないのだと思います。


とにかく
自身の悪い個性の昇華のためには、

●何よりも
 自分の良心に恥じない利他的な仕事や生活を
 瞬間瞬間、決意して行動していくこと。

●苦しい時ほど仏さまや先祖全体に生かされていることを
 感謝していくこと。

●仕事や人生を通して他人に愛情心や思いやりをもつ
 行動をすること。

●日々あらゆる場面で生かされていることへの感謝を行うこと。


まさに「感謝に勝る能力なし」なしですね。


人間の肉体にはガンを浄化させる「アポトーシス」作用というものが
あるのですが、まさしく以上の感謝と良心に沿った決意の行動等の
事柄は、私たちに根ずくカルマ(悪業)のアポトーシスシステムなのだ
と思います。


スゴイですね、
自然の摂理は。


親鸞聖人の言葉に
「氷多(悪業多し)しに水(愛多し)多し」というのがあるのでが、
悪が転じて善と成れば、悪が強かった分だけ
善も大きくなっていくというわけなのです。


無知無明で傲慢な自分が
反省と感謝と決意と行動をすることによって
大きく知恵と愛情心の豊かな人に転じていき、
良心に沿った方向に育っていくということなのです。


だから瞬間瞬間、
気を抜かず真剣勝負ですね、
悪を転じて善と成すための。


これは他人事じゃない。
私もそうなのです。
気を抜けば、
あの人たちと同じものを私も持っているのです。


ただ、
私は幸いに武道をやってきて
自分を律することや、礼節や規律、
またはお寺に育ち念仏者として生きてきたつもりなので
少しばかりは素直なのかもしれない。


とにかく、
ともに、
仕事の前にまず自分を律することを頑張りましょう。
このままこの人生終われば、
ただの自己満足のアホンダラですから。


仏さまは、
「いつもおまえを見てるよ。いつもおまえとともにあるんだから頑張れ」
と、呼び続け、願い続けてくださっているんです。
そのほんまのことに気付いてほしいです。

09:15, Tuesday, May 09, 2017 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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