「一生学ぶ」
あらゆる執着の対象を知り尽くし、
いかなるものにも執着せず、貪りと欲望を離れた
聖者は、その対象を追い求めない。彼はすでに輪廻
から卒業する彼岸に達したからである。
【「スッタニパータ」第一章第十二節-二百十番】
この項は、自分の自我(我良し)の欲望に対して、「何が何でも」という執
着が消え去った者が、冷静な聖者で、こういう方は輪廻からの卒業が近い
という内容です。
結局、この項での釈尊の問いは
「あなたは、今の人生と同じよう経験やパターンを1,000回繰り返してもそ
れでOkなのですか?」「そうであったら、今と似たような人生を何回も生まれ
変わって、永遠に繰り返しますよ」という指摘です。
「いいや、もうそろそろ、悪い癖をクリアして人も自分も喜ぶ明るく穏や
かな世界を生きたい。」このように個人によって、分かれていくのでしょう。
今世をどう生きるのかはすべては自分次第なのです。
さて、仏教の「輪廻思想」では、人間の命は何度も生まれ変わるとされています。
それも「六道」という六つの世界「地獄・餓鬼・畜生修羅・人間・天上」を
ぐるぐると回り、苦しみながら生きているというのです。どの世界に生まれ変わ
るかは、生前の行いが関係するのです。
教育学者の斎藤孝さんは、著書「50代からの教養格差」の中で、輪廻を通して
『「私はコオロギは好きですけど、やはり次も人間で生まれたい。それが本音で
す。」そんなことを想像するにつけ、私はつい「人が人としての人生を全うす
るとはどういうことか?」を考えてしまう。それで考え抜いて出した結論が、
「学ぶことを軸に生きた時、人は人としての人生を全うするという感覚を得ら
れる」ということです。』こう言われています。釈尊は「この世は精進努力
の世界である」と仰っています。
人間は何度もの気の遠くなるような転生の中で、常に「自身の人生を学び直し」て
きたのでしょうね。
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日本人の道徳心
「日本人の偉業①」
白人は別格だと、
有色人種が迷信にように思い込んでいたものを、
日本は戦前は軍事力で、
戦後は経済力で突き崩して見せた。
日本人が二十世紀においてやりとげたのは、
人種の基本的平等の実証であった。
これこそが来る二十一世紀の世界を動かす
公理である。
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今日の諺 「千変万化(せんぺんばんか)」
【意味】
物事の様子や場面などが、
次々と変わっていくこと。
「千」と「万」は数が多いという意味。