(独自の訳)
他人の悪い所ばかり見てはいけません。
他人が行ったことと、しなかったことばかりを
見てはいけません。
それよりも、自分自身が行ったことと、できなかった
ことだけを見るようにしましょう。
【原始仏典「ダンマパダ」第四章-五十番】
「近所の悪口を言わないだけでも立派な家庭教育である。」
「うっかりするといない人を悪者にしがちである。」by石川洋
人間とは、自分自身のこと以上に他人ばかりを見て、
喜怒哀楽をしているサガがあります。
さらに言いますと、この世の喜怒哀楽には必ずそこには他人が
いるということです。
ですから、
気をつけたいことの一つに「陰口、悪口を慎むこと」があります。
陰で陰口や悪口を言うということは、人からの信用を失うタネを
蒔いているようなものです。
それよりも、毎回そうはいかなくても、その人の深い部分(心意)
を感じ取り、いない人の大弁者になってあげることを心がけたい
です。
本当に他人を見ずに、
自分の心だけを静観することが出来ますと、心が真から平和に成
ります。逆に、他人を観察したり、無意識にでも陰口や悪口を言
ってる限りは、自分の心が安定・安心することはまずありません。
他人を見ないということは、決して自己中心的になれということで
はなく、やはりそこには中道のバランス感覚の視点を自分が持ち
自分の良心から判断して自分自身を見つめるのです。
今日も自分の良心の視点から自分自身を見つめ、微妙に正しさの
思い込みや、偏ったこだよりや、とらわれがあれば、それを「もう
そんなの、どうでもいいんじゃない?」と、素直に手放し、もっと
柔軟に大きな視点で物事を見て人生を楽しんでいきましょう。
今日もより良く生きる智慧を与えて頂いて有難うございます。
皆さんの仕合せを心より念じております。
【柔訳 釈尊の言葉第一巻】著:谷川太一より抜粋転載
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日本人の道徳心
「正・大・精・深① 正」
「正」について露伴が強く唱えているのは
「学問には正道というものがある」ということである。
人というのは他人の知らないことを知ろうとするあまり、
往々にしてオーソドックスなところを避けて、
珍奇なところに入ろうとする傾向がある。
他人の知らないことを知っていることで
満足を得たいという心理は、
多くの人間が持つものであろう。
露伴は、珍奇なことを学ぼうとすること自体を
否定しているわけではないが、
その前に学ぶことがあるのではないか、
といっている。
学ぶには順番があるということだ。
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今日の諺 「危機一髪(ききいっぱつ)」
【意味】
たいへんな危険がすぐそこまで
せまっているということ。
瀬戸際のこと。
危機をぎりぎりでさけられたときに使うことが多い。
「危機」は危ない状態、「一髪」は一本の髪の毛。
髪の毛一本ほどの近くまで
危機がせまっているということから。
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お客様の声
君津本店
●パンツの裾の汚れがきれいになって喜んで頂きました。
●バッグの色修正をご希望されていたお客様が受け取りに来られて、
新品のようですね!と喜んでくださいました。
阪急メンズ東京
●他店のクリーニング店に出したのですが、
シミが落ちなかったので・・・と来店されました。