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日々是笑日

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1/24(金)「何があろうと、心は高貴に、高潔に生きる」

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「何があろうと、心は高貴に、高潔に生きる」

他人の悪口ばかり言う人。
御礼を言うことを知らない人。
悪行を行うことを好む人。
他人に物をあげることを嫌がる人。
ウソをついてでも、他人に羨ましがらせることを好む人。
悪いことでも、恥を知らない人。
このような人こそが、最低の人間である。
(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章7節-No.133)
このような人は、偉い立場の人、裕福な人、にもたまに見掛けます。
つまり生まれた環境や、社会条件は関係がなくて、個人のサガ(性・自我)から
生じるものだと言えそうです。
人間として生まれた限り、恥ずかしいと思われることはしたくないものです。
どんなときでも、心は高貴に、高潔(こうけつ:正しく)に、理想を目指して生きることは幾らでも努力で可能です。
卑しい行為から離れて、仏さまの願いに従って素直に生きて行けば、どんな環境に住んでいても大丈夫です。
必ず浄土に生まれます。
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釈尊が具体的に、因果的にも最低な人に成る条件を上げています。
人として、最低だと見なされる条件です。
来生の転生(生まれ変わり)に影響する霊的な因子でもあります。

 

このような人は、偉い人、裕福な人、にもたまに見掛けます。
つまり生まれた環境や、社会条件は関係がなくて、個人の魂のサガ(性・自我)から生じるものだと言えそうです。

 

この中で気になる表現は、
・ 「御礼を言うことを知らない人」
良い人ではあるのですが、何かを提供されても「無言」のままの人がたまに居ます。
本人は、悪気は無くて、何とも思っていません。

 

これだけは、親のシツケや、受けた教育が影響する問題に感じます。
小さな子どもが親から、「お礼を言いなさい!!」と、他人の前で怒られている光景を、
昭和時代はよく見た気がします。でも今の時代は、若い親自身が無言のままで、
子どもの前で他人からの善意を「受け流している」場面を視ます。
例えばビジネスマスの場合でも、喫茶店で打ち合わせ中に店員さんがコーヒーを
目の前に差し出した時に、
●金く会釈して、感謝の意を表する人。
●ふんぞり返り、当然だと無視をする人。
どちらが信用できるでしょうか?
前記の状態を冷静に見ますと、まるで子供です。
小さい時はそんなことがあっても、子どもも中学生の頃から多くの人が、
このようなサガを卒業して、社会的に洗練して生きます。
しかし、成人後もこのままの人、老後に成ってもこのような悪いサガで
生き続ける人が見られます。
このようなサガは外国でも、卑しい人、恥知らずとして侮蔑されます。
この世で恥とされるポイントは、あの世では罪と見なされて、因果として来世
に残ります。

 

いくら貧乏でも、恥ずかしいと思われることはしたくないものです。
富裕に関係なく、心は高貴に、高潔(こうけつ:正しく)に、生きることは幾らでも努力で可能です。
上記のような卑しい行為から離れて、自分の良心に従って生きて行けば、どんな環境に住んでいても大丈夫です。
必ず浄土に生まれます。
意識して頑張りましょう。
「釈尊の教え 第二巻 原始仏典『スッタニパータ』より抜粋転載
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日本人の道徳心

「孤独な時間を持つ」

孤独は人間にとってマイナスに作用することが多いが、

この孤独という時間なくして

自己の成長はあり得ない。

孤独の時間を確保するのは必須と言える。

おおよそ日常生活というものは、

周囲からの雑音や雑事に取りまぎれて、

自分を見失いがちである。

だから仕事ができて仕事をたくさん

抱えている人ほど、

仕事を離れた孤独の時間を大切にすべきである。

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今日の諺 「津津浦浦(つつうらうら)」

【意味】

全国のいたるところ、

国中すみずみまでということ。

「津」は港、「浦」は海岸という意味。

すべての場所の港や海岸ということから。

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鬼は外!複は内!

節分の行事に

志和龍城認定こども園から沢山の鬼のお面が送られてきました。

 

いろんな鬼の顔があるねえ・・・、楽しそう。

「備えあれば憂いなし」

毎日、防災関係のYouTubeばかり見ています。

 

この2025年は、直感的に確実に大きな災害が来ることを感じています。

そのために一年前「本社と君津工房」「木更津工場(保管庫)」は機械等も含めて

しっかり農協の建物損害保険「無敵」に入っておきました。

 

実は、うちの広島のお寺や庫裡や山門や納骨堂等、そして家族が住んでいる母屋、

すべて農協の建物保険「無敵」に入っています。

 

というのも、以前、お寺の本堂に落雷が落ちて消火のために本堂の内陣や外陣が

水浸しになった時、また、大型台風で庫裡の尾根が飛んだ時、すべてこの「無敵」

の建物保険で本堂や庫裡も合わせるとお陰様で、億の金額で「完全復元」することが

できました。

現在はそういこともあって、門信徒の皆さんにはこの無敵の保険料として年間の

護寺管理費として「一軒年間12,000円」いただくことになりました。

 

「転ばぬ先の杖」を直感的に感じていた私は、お寺の本堂や庫裏が雷や台風の

損害にあう前の7年間、外部講師を呼ぶことになく一年8回のお説教はすべて

私がお勤めし、その御法礼はすべて「無敵」の保険料に支払っていました。

 

そして、直感通りXデーがやってきました。「やっぱりな・・・」

 

千葉の会社に対する今回の動もまったく一緒です。

東京直下型、千葉沖、南海トラフ、富士山噴火・・。

 

「転ばぬ先の杖」「備えあれば患いなし」。

「適度の緊張感と危機感」「油断禁物」「石橋を叩いて渡れ」。

 

日々、スタッフたちにもしっかり具体的な指示を出し「省エネ」「経費節減」

「防災知識」と「防災準備」を積極的に行っています。

 

岡本典明さんが降ろされた「日月神示」より。

まことの神の入れものになりて呉れよ、
悪の楽しみは先に行くほど苦しくなる、
神のやり方は先に行くほどだんだんよくなるから、
初めは辛いなれど、さきを楽しみに辛抱して呉れよ。

配給は配給、統制は統制のやり方、
神のやり方は日の光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方ぞ、
日の光は神のこころ、稜威ぞ。
人の知恵で一つでも善き事したか、
何もかも出来損なひばかり、にっちもさっちもならんことにしてゐて、まだ気がつかん、

助かる臣民はなく、泥海にするは易いなれど、それでは元の神様にすまず、
これだけにこと分けて知らしてあるに、きかねばまだまだ痛い目をみせねばならん。
冬の先が春とは限らんぞ。
この国を八つに切って殺す悪の計画、の国にも外国の臣が居り、外国にも神の子がゐる。
岩戸が明けたら一度に分かる。
六月の十日、書は、ひつくの神。てんめ御苦労ぞ。
(以上)

とにかく、これから、色んなことが有るのですが、その全てはムダでは無くて、
・ 初めは辛いけれど、その先を楽しみに辛抱していれば大丈夫です。

 

これを真面目に感じています。
今を頑張って前向きに生きていれば大丈夫。
何が起こっても守られる。

そして全てが変わって行きます。

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お客様の声

君津本店

●昨日の夕方ご来店されて、

ポロシャツをお預かりして、

本日11時にはご来店のお客様より

「急ぎで仕上げて頂いてありがとうございます」と、

とても喜んでくださいました。

阪急メンズ東京

●ラルフローレンの中綿コートの

ファンデーションのシミも取れて、

全体がふんわりとした仕上げに

お客様が喜んでくださいました。

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