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12/3(火)「どんな時代でも感謝に勝る気持ちはない」

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「どんな時代でも感謝に勝る気持ちはない」

2500年前の釈尊の時代の苦労      現代社会の苦労
「寒さや暑さにさらされること」→「家庭や会社の中で精神的な環境内の苦痛」
「飢餓感や喉の渇きに責められること」→「自分の収入の有無」
「強風に吹かれ、日光に照りつけられること」→「他人からの風当たり」
「蚊に血を吸われ、蛇に体の上をはわれること」→「他人から心身を害される」
これらすべてに耐えて克服しなさい。そして、どんな交わり、集団の中に自分が
居ましても、自分一人で歩く覚悟を持ちなさい。
(原始仏典 スッタニパータ 第1章3節-No.52)

※どんな時代でも貫徹する最高の思いは、未来社会におきましても、

「感謝をする気持ち」に勝るものはありません。

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では、今から2500年後の未来社会では、人類は何により死んで行くのでしょうか?
おそらく癌などは完全に克服されており、病気で死ぬことが無くなっていることでしょう。
でも必ず、未来には未来における何かで死ぬ問題が存在していると思います。

 

実は、それは意外にも、
* 他人の為に成ることをしないと、死んでいく病気。
* 他人に愛情や思いやりを出さないと、死んでしまう病気。
* 何かを育てないと、自分が死んでいく病気。

 

つまり癌やウイルスなどで人が死ぬ時代は終わっており、
「他人への奉仕の有無」「心の問題」で生死が決まる時代が来ると予測できます。

 

ただし、どの時代にも貫徹する最高の思いは、未来社会におきましても、
* 感謝をする気持ち。
これこそ古来より人類、森羅万象に不変なものなのであるのです。
大いなる神仏はすべての「いのち」に対して「ありがとう」と感謝している存在なのです。
「私に感謝しなさい」という存在は魔物であったのです。
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業を変える

「自分の中にある良心とは」

私はかつて、拠りどころを求め

世界中を探求してみたけれども、

グラグラ振動せず移ろいゆくことのない

安らかなところなど、どこにも

見つかりませんでした。

 

唯一あるとするならば、それはなんと

私の心の中にあったのです。

大いなる幸せの仏さま、神さまとは、

誰の心の中にも内在する「良心」のことだったのです。

「良心」は生まれた時から、いつもあなたと一緒に

いてくれています。

あなたが悲しい時も、あなたは一人ぼっちではないのです。

 

この良心はあなたの心の奥底にいてくれて、

あなたが頑張っていることも

苦しかったこともすべて知っています。

この自身の良心をあなたが大切して大きくしていくと、

あなたの心は本当の安心を得て、どんなことがあっても、

人生の幸福も不幸も明るく味合うようになれます。

 

日常に生かされていることへの感謝をすることと、

仏さまや神さまに感謝することは、自分から感謝という

良いものを外に出して周りに与える事です。

 

 

 

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日本人の道徳心

「克つべき己を知る」

克己というものは修養における

最も重要な眼目の一つである。

その意味するところは「己を抑える」

「己に克つ」ということである。

ここで重要なのは、その克つべき己とは

何かということである。

それを間違えてしまうと、

なんでもかんでも抑えなければということで

神経過敏になり、かえって人間を

委縮させることにもなりかねない。

「己を抑える」とは「傲慢な自分を抑える」。

「己に克つ」とは「怠惰で流される弱い自分に克つ」

ということである。

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今日の諺 「荒唐無稽(こうとうむけい)」

【意味】

言動がでたらめで、根拠がなく、

現実的ではないこと。

 

【由来】

「荒唐の言」と「無稽の言」

という言葉が組み合わさってできた。

どちらも昔の中国の書物にある言葉で、

根拠がない、でたらめな話という意味。

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