ただただ
「生活できることへの感謝」
「自分が生かされていることへの感謝」
そして、
「生きるチャンスをくれた、命をつな
いでくれた先祖へ感謝」
をさせてもらっていると、
今の生活はあきらかに改善が始まって
いきます。
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大変な農作業をして
何とか生活をしている農夫が、
重労働の前に作業小屋で
朝食の準備をしていました。
そこに釈尊が托鉢
(たくはつ・信仰者の家の前で食事や食糧を希望すること)
のために立ちました。
農夫「あなたは食事を希望されるが、
私は食べるために大変な農作業を毎日しております。
あなた様も食事が欲しければ、
そこに立つ前に、農作業で収穫するまでの
苦労をするべきではないでしょうか」
釈尊「私も日々、農作業をしています。
その御蔭で朝食を得ています」
農夫「え?私は、あなた様が
農作業をしている姿を見たことがありません」
釈尊「いいえ、私は農作業をしています。
その御蔭で朝食を得ています」
あっけに取られた農夫は、
改めて釈尊に真剣に聞き直しました。
農夫「あなた様は、『自分も苦労する農夫だ』
と自称されます。
しかし私は、あなた様が言われる『農夫』が
何を指すのかわかりません。
では、その農業について教えてください。
あなた様が言う農作業とは農業とは、
いったい何なのでしょうか?」
「原始仏典『スッタニパータ』
第一章第四節-七十六番]
非常に現実的な会話がなされています。
「働く者」と「働かざる者」。
まさに現代社会でも、
農夫が持つ疑問を誰もが持つことでしょう。
この会話は、近現代における
社会主義と自由主義の間に起こる矛盾点でもあります。
でも釈尊は涼しい顔で、
「私も重労働をする農夫だ」
と言い張っておられます。
このように断言されますと、
この後の展開は予想がつきます。
つまり、
*「代償行為」(違う形での行為)、
それと同等か、それ以上の
苦労と労働をしているから同じだ。
*人は労働についても、
その労働の名称と内容により、
喜怒哀楽も差別もしている。
でも、霊的には、そこに苦労があれば、
どんな仕事であっても同じことだ。
同じ霊的な影響の結果を残す。
という意味を私は感じます。
例えば、以前から思うことなのですが、
「女性が、一人の子どもを
立派に育てること=男性が、
社会で大事業に成功すること」。
これは、霊的には同じだと感じます。
それほど難しくて、失敗もあり、
神経をすり減らすことだと感じます。
どちらも二十年以上も要する苦労でもあります。
誰もが最後は、一人裸で
死んで行く現実を見ましても、
どんな物質・財産も何もアノ世に
持参ができない道理を見ましても、
「女性の子育て=男性の大事業」は
完全に霊的に言えます。
でも、社会で目立ち評価されるのは、
男性の大事業なわけです。
それで得られる金銭(物質)も、大きく違います。
でも女性は、「一人の人間を創った」という
霊的には巨大な善徳貯金を
アノ世に積んでいます。
すると、まさに農夫と釈尊の会話に戻るわけなのです。
農夫=コノ世の物質(食べ物)を得る人。
釈尊=違う形での同等な苦労をして、
見えない善徳物質を得る人。
このように両者とも、
何かを収穫する農夫だったと霊的には言えます。
でも、私が感じます答えを、
先に書いておきたいと思います。
最高なのは、労働する農夫が、
バランス良く(中立・中道)、
正しい感謝の信仰も善行もしていくことです。
これの継続は、悟ります。
釈尊のように、見えない善行だけが
突出する人生は、
一般人には無理であり、遠回りです。
道を間違うリスクも高すぎます。
釈尊の場合は、幾度もの過去生で
労働の修行も終えた御方だからこそ、の話です。
「柔訳 釈尊の教え 第二巻」
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お客様の声
君津本店
●「ここずっと来てなかったんです
が、ここだったら安心して出せるの
で・・。」と、お孫さんが成人式で
着られた振袖を持ってご来店。「主
人が生きている時はよく使わせても
らったんですが。」と。「今年の成
人式は良いお天気でよかった。娘の
成人式には雪だったんですよ。」と
、懐かしそうにお話しされていまし
た。(70代 女性)
木更津店
●「スーツはおすすめコースでお願
い。」と言われました。着心地がと
もいいと喜んで下さいました。
阪急メンズ東京
●レザーバッグのクリーニング(2
点)を承りました。両方ともカビや
スレが目立ち、お客様もきれいに復
元できるのかご心配のご様子でした
(大丈夫です)