他人を愛することはよいのですが、
愛に執着をしてはいけません。
まるで、池に咲いた美しい
蓮の花を手でちぎり取るように、
愛への執着を取り去りなさい。
それよりも、自分の心が
安らかになる道を探しなさい。
仏陀(知恵の化身)は、
とにかく自分の心の安らぎを
最優先することを勧めます。
[原始仏典『ダンマパダ』
第二十章-二百八十五番]
恋愛で苦しむ人は多いです。
誰もが通る道かも知れません。
でも、愛欲に執着しますと仕事をしていても、
生活していても、遊んでいても、
その相手のことばかりを考えてしまい、
すべてを中途半端にしてしまいます。
心地よいはずの恋愛が、
いつの間にか苦痛に変わって行きます。
体重も落ちるかも知れません(笑)
ここで釈尊は、
「本来は恋愛も、自分の心を
安らかにするものではないのかい?
それで苦しむなんて、おかしいのではないか?
恋愛に執着するから、苦しみに変わるんだよ。
人間の幸福は、
自分の心を安らかにする道を進むのが、
本来の使命なんだよ。
だから、その"美しいように見える"花(恋愛)を、
思い切って手で摘み取りなさい。
そして、自分の心が安心する
物事をがんばりなさい」
と教えています。
恋愛に執着・固執するから
苦しみに変わります。
執着する時点で、
それはすでに相手に負けている
一方通行の恋愛なのです。
恋愛に無理をしましても、
それは良い結果には終わりません。
嫌がる相手に迫るのは、
あとで不幸しか生みません。
本当に良い相性ならば、
執着せずとも自然と
恋愛が前に進んで行きます。
そもそもが、コノ世のすべて
(仕事・結婚・交友・信仰⋯⋯)は、
自分の心が安らかになる道へと
努力をするべきです。
もし結婚したならば、
家庭が心が休まる場所になるように、
自分から努力をすることが大切です。
これも自然に任せて努力をしないで、
家庭が安らかな場所ではないと
不満に思うのは自分の甘えです。
自分の仕事は心が休まらないと思うのは、
それも心の甘えです。
「その中でも」、
自分の心が安らげるように努力をするのが、
人がコノ世に生まれて来るための
修行となります。
コノ世のすべてにおいて、
自分の心が安らぐ選択と、
そのためへの努力が大切です。
これが他人の心と共に安らげるように、
自分が邁進できれば最高です。
他人も救うことができます。
今日も自分の心が安らげますように、
自他を救っていきましょう。
「柔訳 釈尊の言葉 第二巻」
著:谷川 太一より抜粋転載
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お客様の声
伊勢丹新宿店メンズ館
●ワンピースに日焼け止めが付いて
黒ずんだ汚れがキレイに落ちて、と
てもお喜びでした。(お母様と娘さ
んとお二人でご利用いただいている
リピーターの方です。)
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クリーニングのお勉強
●カットソーのセーターです。
クリーニングから戻ってきたら、
片方の腕部分が手首の辺りから
糸がほつれて肩まで伝染していました。
これはクリーニングが原因でこうなったのでしょうか?
織や編生地の糸が1本切れる状態のことを伝線する、
破れると言います。
1本目が切れるとカットソーでも、
パンティーストッキングの伝線と同じようになります。
これはクリーニングが原因ではなく、
カットソーを縫うときのミシンの針に
問題があったのでだと思います。
先の尖った縫い糸を使うと、
糸を突いて傷つけてしまう場合があるのです。
見た目にはきれいに仕上がっていても、
着用して伸びたり縮んだりするうちに、
傷んだ糸が切れてしまったのでしょう。
そういうケースの場合は、
クリーニングした後に表れることもあります。
「Q&A クリーニングクレーム120」
著:澤 浩平 より抜粋
※カットソーの伝線や、スカーフの
糸引きなど、1本の糸が抜けたり動
いたりして、生地が透けたり攣れた
りすることがあります。これは、簡
単には直りませんが、糸を一目ずつ
元の位置に戻す細かい仕事を続けて
きれいにできることもあります。た
だし、織り方や編み方、糸の太さに
よってできる場合と出来ない場合が
あり、費用はかなり掛かります。本
当に大切なスカーフなどが直って喜
ばれることもよくあります。
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