皆さんもいきていれば
いろんな出来事に出会うと思います。
時には自分は悪くなくても
相手から何らかの被害を受け、
被害者意識を持つこともあるでしょう。
ただ、
被害者意識は怨念を生み出します。
では被害者とは、被害を受けた上にさらに
恨んでもいけないのか?ということになります。
しかし釈尊は、そんなことを言ってはいません。
「被害を受けた上に、さらに自分自身が
不幸になる想いを自ら持てば、それこそ大損だ。
本当の不幸になる」
だから、
「もし被害を受けても、被害者が幸福になるために、
怨念を捨てなさい。」と示唆しています。
しかし私たちは、
これがなかなかできないのです。
ただ釈尊は、
加害者が作った罪の因果は、それに対して
被害者がもし怨念を持たなければ、
その因果は100%加害者に返りやすくなる
ということも示唆しています。
つまり、
加害者の罪を軽減していたのは、
被害者が持つ怨念だったのです。
だから最高の呪詛返しとは、
「自分は恨まない」「決して忘れないが怨念を
持たない」「仕方がない」「天にお任せします」
という思いを持つことです。
もし、このような思いを被害者が持つことが
できたならば、加害者は倍返しを受けることに
なりやすいのです。
そしてもし加害者がこの世を上手く逃げ切った
場合は、あの世では次は十倍返しが待っています。
できるだけこの世で清算したほうが、
本当はお得なのです。
この世とあの世で、
完全に正しく反射されます。
因果の発動とは、
普通の人が思う以上に壮絶で容赦がなく、
すべてのバランスを取るように発動します。
まさに「天は知っている」「天は観ている」
「因果応報」ということが起こるものなのです。
様々な被害者的な立場になったとしても、
被害者意識につかまらず、
真実は、
自分自身の心の位置が変わればよいだけなのです。
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