マザーテレサの言葉
「死の瞬間、神と対面する時、
私たちは愛について審判を受けるのです。
何を成し遂げたかではなく、
自分の行いにどのくらいの愛を
注ぎ込んで来たのかが重要なのです。」
愛されることより、「愛する」ことを。
理解されることよりは、「理解する」ことを。
つまり、
人間が今生きている
境涯を評価する視点は、
自分以外のモノ
(人間・動物・植物・仕事・行為・趣味・・)
に対して、
どれほどの情熱や愛情を出したのか
何を他者に対して「出したのか?」
ということなのです。
自分自身が「受けた」ことは関係ないのです。
自分が受けた物事よりも、
自分が何を出したか?
それは怒りなのか?
不満なのか?
それとも喜びなのか?
貴方は何を出しているのでしょうか?