腹を括るために越えなければならない壁。
悲観的であること。心配性であるということ。他人に対して攻撃的であること。これらは心臓や血管の病気になりやすい傾向がある。という調査結果です。
私は悲観的であること、心配性であること自体は悪いことではないと考えます。なぜなら、悲観的な人は最悪を想定して備える用心深さを兼ね備えていることが多いから。
逆に楽観的な人は脇が甘いことが多い。自分の想定の甘さが足をすくうことが多い。詰めの甘さが自分を滅ぼすという弱さを持っています。
ただしその悲観的、心配性の性格が裏目に出る時。それは同じネガティブな考えがぐるぐる堂々巡りする時であろうと思います。やはり最悪を想定して心配するだけでは不十分であります。最悪を想定したのなら、
悲観的な人はせっかく「感度の良いアンテナ」をお持ちなのですから。最悪想定をした時に、それに備えるための行動=しがらみの壁を超えることができれば大丈夫。「しがらみの壁」を超えるには周囲に波風が立つこともあるでしょう。しかし後から「わかってたのに〜」と後悔するのだけは絶対にダメです。だから。
「腹を括る」が今回の人生の宿題であります。きっと。そのために「ここまでやって災厄に遭うのなら仕方ない」という地点まで登ること。きっと観える風景が変わると思います。
腹が立つならきっと半分は自分が悪い。
また攻撃的な人。ウラを返せば行動的という良い面があります。ただし短所として、
・うまくいかない時に他人を攻撃してしまうこと。
・敵認定する癖があること。
具体的には、
・自分より立場の弱い人を直接攻撃すること。あるいは
・その場にいない人の陰口を言って他の人の同意を求めること。
その時、御本人は気づかないでしょうが、本当は自分自身を傷つけている。というのが私の仮説であります。でも
・果たして自分自身の心臓や血管の健康と引き換えに、その人物を批難する価値があるのだろうか。
人を攻撃批難する癖の人もやはり半分半分。確かに相手も悪い。のが半分。しかし自分にも非があるのでは?というのが半分。立ち止まってその仮説で周囲を見渡してみると観える景色が変わってくる。
想いがぐるぐる廻りしないためのちょっとしたコツ。
悲観的な人も攻撃的な人も。きちんと上手にハンドルを握ればそれぞれの性質は、自分の人生を守ってくれる宝であります。
ただし感情にまかせたままだと、
・同じ心配ごとがぐるぐる廻る。
・相手への怒りがぐるぐる廻る。
ぐるぐる堂々巡りの想いは「マインドワンダリング」と言うそうです。マインドワンダリングは私達の身体を傷つけます。そんなことで私達の健康が引き換えになるのは勿体ないです。
それは私達のちょっとした「教えていただいてありがとうございます」という感謝のハンドリングのコツで避けられるのですから。●像備忘録より転載
楽観的な人は脇が甘いことが多い。自分の想定の甘さが足をすくうことが多い。詰めの甘さが自分を滅ぼすという弱さを持っています。
とにかくこういう人が多いいので要注意!