「長崎原爆の日」8/9(金)
平和宣言」に初めて詩を引用
74年目の長崎原爆の日〜
原爆犠牲者慰霊平和祈念式典
8/9(金) 12:46配信
被爆から74年の祈りの日を迎えました。
長崎市の平和公園では平和祈念式典が営まれ、長崎市の
田上市長は平和宣言で日本政府に核兵器禁止条約に署名
・批准するよう求めました。
原爆投下から8月9日で74年。
被爆者の遺族(72)「絶対もう二度と繰り返しちゃいけないで
すよね」
長崎市の平和公園にも、朝早くから多くの人が足を運ぶ姿が
ありました。
平和祈念式典では、この1年間に亡くなったり、新たに死亡が
確認された3402人の名簿が奉安されました。(あわせて18万
2601人に)
式典には、被爆者や遺族のほか、安倍首相や66ヵ国の代表
など約5900人が参列しました。
そして、原爆が投下された午前11時2分に、黙とうを捧げました。
長崎市の田上市長が読み上げる平宣言文には、被爆者が原爆
の惨状を綴った詩が、初めて盛り込まれました。
田上 富久 長崎市長「幾千の人の手足がふきとび、腸わたが流
れ出て、人の体にうじ虫がわいた 息ある者は肉親をさがしもとめ
て、死がいを見つけ、そして焼いた」
長崎市の田上市長は、核保有国が使える核兵器の開発を進め
ていることに危機感を示し、日本政府に核兵器禁止条約への署
名と批准を呼びかけました。
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祖父母、曾祖父母たちが、原爆が落とされた時代を生きてくれた
からこそ、今の私達はここに居るわけです。
戦争に関しては、
国際的な時代の圧力に流されて、「そうなってしまった」。
どんな立場の人間も、自分の立場を懸命に生きるしかなかった。
それを、罵倒することは、今に生きる人間が軽々にするべきでは
無い。芸術でも、漫画でもしてはダメです。
戦争を経験した亡祖父も、父もしみじもと言ってましたが、大きな
時代の流れの中に飲み込まれた人間はどうすることもできない。
ただただ、その時代を誰もが死に物狂いで生きるしかなかった。
これは日本人に限らず、アメリカ人も、中国人も、どの世界の人
であろうがそうだった。
「恨み心を恨みではらすことはできない」。
だからこそその時代とその時代を生きた人たちを心より思いやる
こと。
戦争の被災者の皆様に対して、心よりお念仏申し上げます。
17:47, Friday, Aug 09, 2019 ¦ ¦ コメント(0)