「喉元過ぎれば熱さを忘れる」11/5(火)
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」
喉元過ぎれば熱さを忘れる。という諺があります。
人間は災難を受けても、しばらくすると忘れてしまう。
災難を受けた直後は過剰に反応するが、時間が
経つにつれ想定や備えがおろそかになる。
また再び同じ災厄を招く。という意味でありましょう。
沖縄の首里城が燃えた数日後に、同様の世界遺
産の木造建築のすぐそばで火災が起きたこと。
これは日本人に対し「喉元が過ぎる前に警鐘を」
という警告に思えます。
立て続けが塞翁が馬の伏線。
強風の台風15号が思いもかけない災害をもたら
したすぐあと、豪雨の台風19号がやはり思いもかけ
ない災害をもたらす。
その後台風21号が近づいて来たとき「どう?強風
と豪雨の災害。今回は油断しないで皆さん想定と備
え出来た?」と天から試されているようなタイミング
に感じました。
日本人は強風と豪雨の備えの意識はだいぶ高ま
った。そう。でもね、危ないのは気象災害だけじゃな
いのよ。国内テロも同じくらい危ないんだから。
では次のステップに行きます。
次は修復が終わったばかりの首里城と、その数日
後に白川郷の貴重な家屋のすぐ近くでの火災。
首里城が燃え落ちる光景は多くの日本人の心に警
鐘を鳴らしました。そして白川郷の火災一歩手前は、
どの建築も他人事ではないよ。と警告します。
(まるぞう備忘録より転載)。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる・・・・」。
喉元過ぎれば熱さを忘れるの意味は「苦しい経験で
あっても過ぎ去ってしまえば、その苦しさを忘れてしま
う様」「苦しい際に受けた恩でさえも、楽になれば忘れ
てしまう様」となります。
この言葉、実にリアルであり、これほどまでに人間の
弱さや愚かさを言い当てた諺はないですね。
人間の人生には「上り坂、下り坂、まさかの坂がある」
と言われています。
実は私はお寺の住職と保育園の理事長でもあるの
ですが、お寺に落雷が落ちて屋根裏が火災に遭い、
本堂の内陣は消火活動で水浸しになった経験があり
ます。
それから2年後、台風の強風でお寺の隣にある庫裡の
屋根が吹き飛ばされ全壊した経験もあります。
そして保育園では・・・予想外の思いもかけない出来事
を体験するたびに、いつの間にか「どんな時でも最悪の
事態を想定する」という癖がついていきました。
これは決してネガティブな感覚ではなく、何事に対しても
油断をすることなく本気で目の前の出来事に当たっていれ
ば、後の結果は仏さんに任せておけばなんとかなるという、
超ポジティブシンキングな考え方です。
従って屋根が飛ばされるのでは?強風の台風15号の時
も、豪雨の台風19号の時も、その後の台風21号の豪雨
に対しても、事前準備をこれでもか、これでもかと、「代表、
そこまでやりますか・・」と呆れるぐらい徹底して危機管理
と防災準備をしておきました。
「常に最悪の事態を想定しておく→できる限りの準備を
スピード感覚で行う→やるだけやったら後は仏さんに任せ
る。結果がどうあれ」。そして「喉元過ぎれば熱さを忘れる
」を教訓に日々の業務や生活習慣を正す。
この危機管理の習慣で、どれほど過去絶体絶命の状態
から、「もう無理や・・」という最悪の状態から救われていっ
たことかわかりません。
その都度「仏さんや、ご先祖さんたちは逃げずに懸命に
困難に立ち向かって努力する者の後押しをしてくれるのだ」
と、有難く感謝したものです。ただ、塞翁が馬で、結果がどう
あれ教えられることは、山ほどあります。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」、危機管理にしても、日常の
業務にしても、また、人の恩に報いることにしても絶対に忘
れてはならない弱い私の自戒の諺として、常に自分自身に
言い聞かせている・・まあ、私にとっては宝の言葉なのです。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。という諺があります。
人間は災難を受けても、しばらくすると忘れてしまう。
災難を受けた直後は過剰に反応するが、時間が
経つにつれ想定や備えがおろそかになる。
また再び同じ災厄を招く。という意味でありましょう。
沖縄の首里城が燃えた数日後に、同様の世界遺
産の木造建築のすぐそばで火災が起きたこと。
これは日本人に対し「喉元が過ぎる前に警鐘を」
という警告に思えます。
立て続けが塞翁が馬の伏線。
強風の台風15号が思いもかけない災害をもたら
したすぐあと、豪雨の台風19号がやはり思いもかけ
ない災害をもたらす。
その後台風21号が近づいて来たとき「どう?強風
と豪雨の災害。今回は油断しないで皆さん想定と備
え出来た?」と天から試されているようなタイミング
に感じました。
日本人は強風と豪雨の備えの意識はだいぶ高ま
った。そう。でもね、危ないのは気象災害だけじゃな
いのよ。国内テロも同じくらい危ないんだから。
では次のステップに行きます。
次は修復が終わったばかりの首里城と、その数日
後に白川郷の貴重な家屋のすぐ近くでの火災。
首里城が燃え落ちる光景は多くの日本人の心に警
鐘を鳴らしました。そして白川郷の火災一歩手前は、
どの建築も他人事ではないよ。と警告します。
(まるぞう備忘録より転載)。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる・・・・」。
喉元過ぎれば熱さを忘れるの意味は「苦しい経験で
あっても過ぎ去ってしまえば、その苦しさを忘れてしま
う様」「苦しい際に受けた恩でさえも、楽になれば忘れ
てしまう様」となります。
この言葉、実にリアルであり、これほどまでに人間の
弱さや愚かさを言い当てた諺はないですね。
人間の人生には「上り坂、下り坂、まさかの坂がある」
と言われています。
実は私はお寺の住職と保育園の理事長でもあるの
ですが、お寺に落雷が落ちて屋根裏が火災に遭い、
本堂の内陣は消火活動で水浸しになった経験があり
ます。
それから2年後、台風の強風でお寺の隣にある庫裡の
屋根が吹き飛ばされ全壊した経験もあります。
そして保育園では・・・予想外の思いもかけない出来事
を体験するたびに、いつの間にか「どんな時でも最悪の
事態を想定する」という癖がついていきました。
これは決してネガティブな感覚ではなく、何事に対しても
油断をすることなく本気で目の前の出来事に当たっていれ
ば、後の結果は仏さんに任せておけばなんとかなるという、
超ポジティブシンキングな考え方です。
従って屋根が飛ばされるのでは?強風の台風15号の時
も、豪雨の台風19号の時も、その後の台風21号の豪雨
に対しても、事前準備をこれでもか、これでもかと、「代表、
そこまでやりますか・・」と呆れるぐらい徹底して危機管理
と防災準備をしておきました。
「常に最悪の事態を想定しておく→できる限りの準備を
スピード感覚で行う→やるだけやったら後は仏さんに任せ
る。結果がどうあれ」。そして「喉元過ぎれば熱さを忘れる
」を教訓に日々の業務や生活習慣を正す。
この危機管理の習慣で、どれほど過去絶体絶命の状態
から、「もう無理や・・」という最悪の状態から救われていっ
たことかわかりません。
その都度「仏さんや、ご先祖さんたちは逃げずに懸命に
困難に立ち向かって努力する者の後押しをしてくれるのだ」
と、有難く感謝したものです。ただ、塞翁が馬で、結果がどう
あれ教えられることは、山ほどあります。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」、危機管理にしても、日常の
業務にしても、また、人の恩に報いることにしても絶対に忘
れてはならない弱い私の自戒の諺として、常に自分自身に
言い聞かせている・・まあ、私にとっては宝の言葉なのです。
10:53, Tuesday, Nov 05, 2019 ¦ ¦ コメント(1)