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2019年 1月21日

「ボヘミアンラプソティ」1/21(月)
私の仕事を一気に午前中で終え、
前から絶対に観たかった「ボヘミアンラプソディ」を
木更津のインモールシネマに行ってじっくりと観てきました。


もう、少しばかりブームも去ったのか、平日だったのか、
館内は私とほぼ同世代のご夫婦ばかり。


私が高校生の時によく聞いたクイーンのフレディ―・マーキュリーが
45歳でエイズで亡くなり、生きていけば現在72歳ですから、クイーン
のファンってそんな年代ですよね。


ただ、今回のこの映画の大ヒットのお陰で、私たちの子ども
ぐらいの年代の人たちにクイーンはとっても支持されるようになりました。
やはりこの映画の効果ってとっても大きいのです。


知恵ラボより抜粋転載
『ボヘミアンラプソディ』の歌詞の解釈


映画の題名でもある「ボヘミアンラプソディ」という曲の
歌詞の意味を解釈していきます。
この曲の歌詞はフレディがゲイかもしれないと
悩んでいる頃に書かれた作品です。


そして、タイトルからしてフレディのことだとわかります。
フレディは縛られることが嫌いで自由に生きたい人だったからです。


歌詞の冒頭から苦悩している様子が書かれています。


「これが現実なのか?現実から逃れることができないと悩んでいて
自分は哀れな奴だけど、同情なんて要らない」と言っています。


フレディは人に同情されるのが嫌でした。死期が迫り体調が悪くなり
自由に歩くことも難しくなったのに、同居していたゲイ愛人のジムが
手を貸そうとすると振り払ったことがあったそうです。


そして、「気軽に生きている」とつづきます。


ですので、この冒頭部分だけでもフレディ自身のことだとわかります。


次にショッキングな詞になり、この部分で理解に悩む人が多いですが、
他人を殺めたのではなく、自分自身のことです。


今までの自分を捨てて、ゲイとして生きていることをしたということで、
それは自分自身を殺すほどの苦悩だったことが伺えます。


次に「ママを悲しませるつもりはなかった」とあり、
親に申し訳ないと思う気持ちです。


だけど落ち込んだりしないで、
今までのように何事もなく過ごしてほしいと願っています。


これからは、新しい自分、ゲイとして生きていくから、
後戻りはできない、もう決めたということでしょう。


フレディはとても親思いで、親の誕生日には必ず会いに行っていました。
ですが、亡くなる前、母親の誕生日の頃には体調が悪化して
帰ることができなかったので、お花を送り、
「ママ、行けなくてごめんなさい。この穴埋めはするから。」
"と電話を入れていました。


「体中が痛い」くらい悩み「生まれてこなきゃよかったけど、
死にたくないはない」という部分からかなりの苦悩が伺えます。


ここからブライアン・メイのギターソロになります。
かっこいいギターソロというより、なんとも言えない悲しさが伝わってきます。


スカラムーシュは道化師で臆病者です。
臆病者のシルエットとはフレディのことでしょう。


ファンタンゴとは男女ペアになって踊るダンスなので、
ゲイであるフレディは男女ペアのダンスは踊りません。
ここではダンスと表現していますがお付き合いという意味なのだと思います。


ゲイであるフレディは女性とお付き合いをしないため、
死ぬほど、恐怖するほど悩んでいると解釈できます。


なぜなら、ゾロアスター教徒だったからだと推測しました。


ゾロアスター教は、厳しい規律はなく、
神が創造したこの世界を思う存分楽しみなさい
"という自由な宗教のようですが、
結婚して子供を残すことが良いとされているようです。


ゲイのため女性と結婚できないし、
自由でいたいしで怯えるほど苦悩したのかもしれません。


ブライアン・メイ(ガリレオ)、ロジャー・テイラー(フィガロ)、
ジョン・ディーコン(Magnifico)の名前を叫び、
「自分は哀れで誰にも愛されない奴だ」と言います。


次に、3人のセリフです、
「彼は貧しい家の出で哀れな奴だから、
その地獄のような人生から解放してやって」とつづきます。


フレディはペルシャの貴族出身ですので、
貧しい家の出身者ではありませんが、
ゾロアスター教の祖先はイスラム教徒から追われて
インドへ移り住んだ歴史があります。


そしてフレディ自身も17歳の時、
ザンジバル革命で故郷を後にして家族でイギリスへ移り住みました。


また、フレディの本名は、ファルーク・バルサラといい、
バルサラは南インドのバルサードの町の名前からの由来です。


フレディは故郷にいた頃は使用人もいて
裕福な暮らしをしていましたが、イギリスに移り住んでからは
両親は使用人として働き、フレディは学校を卒業すると
肉体労働者として働いていました。


本名にコンプレックスを持っていたので、後に改名したのです。


イギリスは階級制度が激しい国ですので、
生活が一変したフレディは人種などの差別を感じていたのかもしれません。


ゲイであり自由に生きたいフレディは、自由にして欲しいと言います。


Easy come easy go will you let me go
(気ままに生きてる僕を自由にしてくれる?)のlet me goの和訳は
「行かせて」「逃がして」と訳されている方が多いですが、
全体の歌詞の流れから、自由の方がしっくりくると思ったので、
自由を使いました。


神の名において、自由にして欲しいと哀願しますが、
ダメだと言われ、メンバーたちもフレディを自由にしてあげてとお願いします。


この掛け合いがつづきますが、
悪霊がフレディのところに悪魔を送りつけます。


旧約聖書では、同性愛者は石で殴り殺されてもいいとされていて、
目に唾を吐くのは悪魔から身を守るためだと言われています。


誰もがフレディにそのような行為をできるため、
愛する人達に対して、そんなことできないよね?と言っています。


Just gotta get out just gotta get right outta hereでは、
「行かなくちゃ」と訳されている方が多いですが、
歌詞の流れからも「冗談でしょ?」の方がしっくりくると思いました。
映画などのセリフでも使われる言葉です。


こんなにひどい扱いを受けることになっても「気にしない」と言います。


最後に「Any way the wind blows…」で終わりますが、
これは直訳すると「どちみち風は吹く」になりますが、
歌詞の流れとして「the wind blows」は人生の困難の方がしっくりきます。


どんなふうに生きようと人生には困難はつきものだ、
けど、僕はそんなの平気さ、自由に生きるよ。


というような意味になります。
フレディ・マーキュリーの生き様と最後のインタビュー


フレディは自由を愛して自由に生きる道を選びましたが、
この歌詞からもゲイであることにとても悩んだことが伺えます。



また、自由に気ままに生きるって聞くとヘラヘラと無責任に
生きるように思われがちですが、フレディはそのような人
ではなかったと思っています。


なぜなら、
死期が近くなった時の言動でも生き様を
垣間見ることができたからです。


フレディの周囲にいたブライアン・メイやジム・ハットンなどの証言からも、
ギリギリまで精力的に明るく振る舞い音楽活動をしていて、
現場で弱音なども吐かなかったからです。


インタビューでは、このように語っていました。


僕にとって一番大切なことは幸せであること

自分のおかした過ちは
言い訳するんじゃなくて
自分で償うしかないんだ
自分らしく生きるだけさ
残された年月を 出来る限り
生き生きと楽しく過ごそうと思う
"

声も明るく、冗談を交えて語ったのです。


過ちとはエイズになったことだと思われます。


有名になったことで孤独になったこと、
他のメンバーは妻子がいて家庭があったけど一人で
孤独だったことで、夜な夜なパーティーを開いては
多くの人と深く交流していて心配する人達もいたようです。


フレディはつづけて、このように語りました。

"
最後のインタビューになるから貴重だよ
こんなに自分の気持ちを明かしたのは初めてだから
ちゃんと使ってよ
"

とユーモアを交えてスタッフたちを和ませたのです。


『ボヘミアンラプソディ』の歌詞の和訳と解釈のまとめ


ボヘミアンラプソディはフレディの悩みや心の中にある
葛藤を作品にしたとしか思えません。


ロックなのに曲調がオペラに変わるのも、
オペラがイタリアで誕生した時、ギリシャ悲劇を舞台で
表現したのがはじまりだといわれているので、フレディが
オペラ好きなのも影響があったのかもしれませんが、
悲劇ということで取り入れたのかな、と思います。


ゲイであることに悩み、エイズの合併症で弱っていく体で
レコーディングやpvの撮影をし、弱音も吐かず、
生き生きと楽しく生きようとしたフレディの生き様が
ボヘミアンラプソディの曲そのものだと思いました。


安らかに眠りたいからと、
遺骨の埋葬は元彼女で親友のメアリーに託し、
約束通り誰にも知られることなく埋葬されました。


最初、トレーラーを見たとき、
フレディ役のラミ・マレックが似てなくて、
映画自体の迫力も伝わってこなかったので期待せずに
観たのですが、最初からとても感動して、
一言でいうとフレディに対する愛が詰まった映画でした。


有名人を取り上げた映画は今までにもたくさんありますが
、この映画はまったく違っていて、フレディやクイーンの
物語だけでもないし、ライブのノリの映画でもなく、
こんな映画は初めて観ました。


この映画を世に送り出してくれた関係者の方々に敬意を
払いたくなるすばらしい作品で、映画のエンドロールが終わった後、
拍手がおこりました。


フレディは亡くなった後も、
また一つ伝説を作ったというか、
関係者たちによって作られたな、と思いました。


それほどねフレディという人は、
やんちゃ坊主であったけど、人間として素直で正直で
とても魅力的な人であったのだと感じました。


是非、観たらいいね、最後は感動で涙が止まらなかった
「ボヘミアンラプソディ」。

17:15, Monday, Jan 21, 2019 ¦ ¦ コメント(0)