「一元論の信心」10/10(月)
信楽峻麿 信心の歌
み佛は
一、み仏は いつわり多き うつし世に
まことの光照らしつつ 嘆きいたみて 吠きたもう
二、み仏は まよいはてなき 吾がために
ついのよるべは ここなると み手をかかげて 待ちたもう
三、み仏は 人のいのちの おくふかく 来たりどりて 今日もまた
南無阿弥陀仏と喚びたもう 南無阿弥陀仏と喚びたもう
お念佛
一、親鸞の 伝えたまいし み教えは
まよいはてなき たつきの日々を ただ念仏して 超えてゆく道
二、念仏は おのが称うる 声なれど
仏のわれを 呼びます声と 聞きてめざめよ 佛の生命
三、背負うべき 業とあらば 何事も
念仏をもうす よすがたとさだめ 拝みうけて 安くいきなん
わが生命
一、わが生命 はじめめなきより この世まで
闇から闇へ さまよいて 今ここに在り 遥かに想う
二、わが生命 仏の光明 聞きえてぞ
ただ念仏と そだてられ まことの智慧に 生かされて生く
三、わが生命 やがて終の日 迎うとも
法爾の流れに 身をゆだね 有無を離れて ひとすじの道
どの詩も一つ一つの言葉が「ああ、そうであったなあ・・・。」
と、心の奥底に響きます。
念仏は一元論、動詞、まさに感じて、気づいて、行動する実践の
道です。
悟りの段階を示す十牛図です。
第一:尋牛
人誰も、大なり小なり、この世の仕組みと成り立ちに強く心
惹かれる傾向を持つのではないでしょうか。
自分が見えているこの世界とは違う別の世界があるのでは
ないか。誰もが心の中でそのような疼きを感じているのでは
ないでしょうか。
第二:見跡
そういう人はそのような見えない世界への知識に憧れる
かもしれません。
現実の外にある精神的な世界に惹かれていくかもしれませ
ん。
第三:見牛
しかし自分が見えない世界に惹かれることの一番の理由
は、この世界の苦労から逃げたい。という心の衝動であった
ことに気が付きます。
真我の探究心はいつのまにか自我の功名心にすり替わっ
ていたのでした。
人によっては、さまざまな精神世界の遍歴という廻り道を
経て、ようやくそれが自我の逃避心であった事を発見します。
悟りを得たいという欲求自体が、今まで負け続けてきた自分
の人生に対する一発逆転という自我の欲求であったのでした。
第四:得牛
本当の求道とは日常生活の労働の中にあることを知りま
す。自分が避けたかった無名の中の厳しい労働の中にこそ
真理への道があることを知ります。
本当の見えない世界の秘密は、目の前の見える世界の中
にこそ隠されていたのでした。
第五:牧牛
世界の事象のオモテとウラを知ることにより、この宇宙は、
見えない世界(陰)と見える世界(陽)が同時に成立しているこ
とを知ります。
陰の本質は陽として存在し、陽の本質は陰として存在します。
世の中の出来事はみな陰と陽が同時に存在し、片方はオモテ
に現れ、しかし片方はウラに隠されていることを知ります。
陰として現れる事象の本質は陽であり、陽として現れる事象
の本質は陰であります。
第六:騎牛帰家
宇宙の成り立ちを頭で理解はしたようには思えます。そして
私達は今度は自分の生活の労働に還って行きます。生活のた
めの厳しい労働であるほど自分の欲している答がそこにある
ことを実践の中で体得していきます。
厳しい人間関係であればあるほど、厳しいノルマであればあ
るほど、その中に自分が切望していた宇宙の真理が隠されて
いることを実際に発見していきます。
陰と陽はすべて本質が逆であることを、体験として発見して
いきます。
第七:忘牛存人
どのような厳しい労働においてもそこから逃げることなく全
てを受け入れて働く覚悟の姿勢は、結果的に周囲の人の信
頼を積み上げて行くこととなります。
自分の労働が人の喜び人の役に立つこととなります。
私たちは見返りを求めることなく陰日向なく働くことを通して、
いつの間にか私達は、他者と自分の区別がない世界に生き
ていることに気づきます。
第八:人牛倶忘
もうそれは言葉ではありません。ありがたいことです。本当に。
第九:返本還源
自分の人生を生きているという本当に貴重な機会なのだから、
精一杯生きたいです。精一杯喜び、精一杯怒り、精一杯哀しみ、
精一杯楽しみたいです。
第十:入垂手
そして私は再びスタートラインに戻ります。
≪まるぞう備忘録より転載≫
念仏申すとは、まさに人のいのちの おくふかくに来て宿って
下さっている、み仏と共に、どんな業報も引き受けて、この弱くて
へなちょこな私が、何度も何度もお念仏申しながら、み仏の声に
励まされながら、「よっしっ!よっしっ!」と気合いを入れて、強く明
るく生き抜く、こけてもこけても、お念仏申し、「よっしっぬよっしっ!」
と、立ち上がって、逃げることなく前に向って、感謝と共に強く明
るく精一杯生き抜こうとする、躍動的な動詞の世界を言います。
お念仏に背中を押されて頑張っていきましょう。
み佛は
一、み仏は いつわり多き うつし世に
まことの光照らしつつ 嘆きいたみて 吠きたもう
二、み仏は まよいはてなき 吾がために
ついのよるべは ここなると み手をかかげて 待ちたもう
三、み仏は 人のいのちの おくふかく 来たりどりて 今日もまた
南無阿弥陀仏と喚びたもう 南無阿弥陀仏と喚びたもう
お念佛
一、親鸞の 伝えたまいし み教えは
まよいはてなき たつきの日々を ただ念仏して 超えてゆく道
二、念仏は おのが称うる 声なれど
仏のわれを 呼びます声と 聞きてめざめよ 佛の生命
三、背負うべき 業とあらば 何事も
念仏をもうす よすがたとさだめ 拝みうけて 安くいきなん
わが生命
一、わが生命 はじめめなきより この世まで
闇から闇へ さまよいて 今ここに在り 遥かに想う
二、わが生命 仏の光明 聞きえてぞ
ただ念仏と そだてられ まことの智慧に 生かされて生く
三、わが生命 やがて終の日 迎うとも
法爾の流れに 身をゆだね 有無を離れて ひとすじの道
どの詩も一つ一つの言葉が「ああ、そうであったなあ・・・。」
と、心の奥底に響きます。
念仏は一元論、動詞、まさに感じて、気づいて、行動する実践の
道です。
悟りの段階を示す十牛図です。
第一:尋牛
人誰も、大なり小なり、この世の仕組みと成り立ちに強く心
惹かれる傾向を持つのではないでしょうか。
自分が見えているこの世界とは違う別の世界があるのでは
ないか。誰もが心の中でそのような疼きを感じているのでは
ないでしょうか。
第二:見跡
そういう人はそのような見えない世界への知識に憧れる
かもしれません。
現実の外にある精神的な世界に惹かれていくかもしれませ
ん。
第三:見牛
しかし自分が見えない世界に惹かれることの一番の理由
は、この世界の苦労から逃げたい。という心の衝動であった
ことに気が付きます。
真我の探究心はいつのまにか自我の功名心にすり替わっ
ていたのでした。
人によっては、さまざまな精神世界の遍歴という廻り道を
経て、ようやくそれが自我の逃避心であった事を発見します。
悟りを得たいという欲求自体が、今まで負け続けてきた自分
の人生に対する一発逆転という自我の欲求であったのでした。
第四:得牛
本当の求道とは日常生活の労働の中にあることを知りま
す。自分が避けたかった無名の中の厳しい労働の中にこそ
真理への道があることを知ります。
本当の見えない世界の秘密は、目の前の見える世界の中
にこそ隠されていたのでした。
第五:牧牛
世界の事象のオモテとウラを知ることにより、この宇宙は、
見えない世界(陰)と見える世界(陽)が同時に成立しているこ
とを知ります。
陰の本質は陽として存在し、陽の本質は陰として存在します。
世の中の出来事はみな陰と陽が同時に存在し、片方はオモテ
に現れ、しかし片方はウラに隠されていることを知ります。
陰として現れる事象の本質は陽であり、陽として現れる事象
の本質は陰であります。
第六:騎牛帰家
宇宙の成り立ちを頭で理解はしたようには思えます。そして
私達は今度は自分の生活の労働に還って行きます。生活のた
めの厳しい労働であるほど自分の欲している答がそこにある
ことを実践の中で体得していきます。
厳しい人間関係であればあるほど、厳しいノルマであればあ
るほど、その中に自分が切望していた宇宙の真理が隠されて
いることを実際に発見していきます。
陰と陽はすべて本質が逆であることを、体験として発見して
いきます。
第七:忘牛存人
どのような厳しい労働においてもそこから逃げることなく全
てを受け入れて働く覚悟の姿勢は、結果的に周囲の人の信
頼を積み上げて行くこととなります。
自分の労働が人の喜び人の役に立つこととなります。
私たちは見返りを求めることなく陰日向なく働くことを通して、
いつの間にか私達は、他者と自分の区別がない世界に生き
ていることに気づきます。
第八:人牛倶忘
もうそれは言葉ではありません。ありがたいことです。本当に。
第九:返本還源
自分の人生を生きているという本当に貴重な機会なのだから、
精一杯生きたいです。精一杯喜び、精一杯怒り、精一杯哀しみ、
精一杯楽しみたいです。
第十:入垂手
そして私は再びスタートラインに戻ります。
≪まるぞう備忘録より転載≫
念仏申すとは、まさに人のいのちの おくふかくに来て宿って
下さっている、み仏と共に、どんな業報も引き受けて、この弱くて
へなちょこな私が、何度も何度もお念仏申しながら、み仏の声に
励まされながら、「よっしっ!よっしっ!」と気合いを入れて、強く明
るく生き抜く、こけてもこけても、お念仏申し、「よっしっぬよっしっ!」
と、立ち上がって、逃げることなく前に向って、感謝と共に強く明
るく精一杯生き抜こうとする、躍動的な動詞の世界を言います。
お念仏に背中を押されて頑張っていきましょう。
06:37, Monday, Oct 10, 2016 ¦