「人の道」1/10(日)
風邪を引き、血圧も上がり、
身体が怠いので無理せず静養していますが、
こうやって静寂の時間をいただけるということは、
あらためて自らの「人の道を生きるとは」を問う、良い機会を与えられてと、
とても感謝しています。
釈尊の言葉である
「ダンマパダ」第十九章には、
『僧侶や修行者、何らかの指導者であるからといって、
人間としての自制するべきマナーを守らず、自分の行動と一致しない
キレイ事を説教する僧侶や指導者は、「人としての道」をすでに踏み外しています。
自分の欲望と自己管理できない人が、「人の道」を説いてはいけません。
人間は、小さなことでも大きなことでも、
自分の良心に反することをやめることができた人は、
すべての悪に勝ったことになります。
その人は、「人の道」に生きる人ということができます。』
と、書かれています。
親鸞聖人は、真実の教えに遇って、
正像末和讃に
『浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし
虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし 』と、書かれています。
つまり、み教えに遇って本当に愚かなご自身に遇われたのです。
そんな愚かな自分が見えたら、自己中心的な我を是として、生きている
ことが物凄く恥ずかしくなります。そして心苦しくなって、「もう、いい」と、
自己嫌悪の心が起こってきます。
わが身、わが心に過ちはないと、
我を張って生きていくことができなくなります。
今回、静寂の時間の中で自分を深く見つめなおしてます。
そうすると、、あるわあるわ、心の中の汚れ、濁り、虚仮不実があ・・。
そして、あらためて日々の日常の中で、どれだけ「思いやり」「自他共に
生きるための自己管理・自制」「良心を生かす努力をしたのか」が問われて
いきます。これらは行為の結果や大小が問題ではないですね。
仏さまが願われていることは、決して大きなことではありません。
自分の良心に反するどんなに小さなことでも、自制して自己管理できれば、
すべての悪癖をやめることにつながる可能性があるということです。
だから「まあ、これぐらいいじゃない」という
小さなことでもバカにしてはいけない、そう思います。
つまり誰もが、自分の心の中の汚れ、濁り、虚仮不実に気づき、
どんな小さなことでもいいから自分の良心を納得させるように仕事、
家庭、家族、生活、空手等・・・していけば、必ず仕合せに向けて
いろんなことが動き始める法則があります。
だから、
小さなことでも「これはいけない」ということに気づいたら
すぐやめる勇気が必要だし、このことが実は大きな物事へ連動
していることを知っておかなければなりません。
先ほど、
「少年部と一般部の空手の稽古が終了しました」と、
潤聖から連絡がありましたが、一般部の指導員たちには、
午前中に「武道・空手道の指導者としての心得」を読んで、自らが
自戒し実践することを書いてファクスで送ってくること。
そして日々「変化表」を必ずファクスで送ってくること。
このことを全員に伝えておいてくれ。」と、
この大切な二点を伝えておきました。
これはこういった自己変化と改善を
日々継続することによって
私が人を管理しようとしているのではなく、
このような習慣を意図的に作ることによって
自らが自らを自己管理できる仕組み、習慣、良き癖を作ろうとしているのです。
この世は行為・行動の世界なのです。
小さなことでもよいから、気づいたら悪いことは止め、
良いことを淡々と実践するクセをつけていくこと。
自分の中でいつも自分の身(行動)・口(言葉)・意(心)を
客観的に内観し、反省、改善していく必要があります。
そのための一日一つの「変化表」なのです。
とにかくこういった積み重ね、継続が大きなプラスの物事への
変化に連動していくのです。
「人の道を歩む」とはまさにこういった、
「思いやり」「自他共に生きる自己管理と自制」「自己改善の自助努力」を
日々、継続してコツコツ歩んでいるといことなのです。
これらの内容は決して他者のために書いているのではありません。
まさに、なかなかそう生きれない甘くて怠惰な自分自身の愚かさに言い聞かす
ように、自らに書いているのです。
ということですから、共に頑張って、切磋琢磨しながら
「人の道」を着実に歩んでいきましょう。
それは空手道・武道の指導者、そしても念仏者の歩むべき
往生極楽の道でもあります。
輝香が「お父さんの体は風船みたい。大きくなったり、細くなったり」
と言ってましたが、血圧を下げるのには無駄なモノを落としていくのが一番
です。暮れからお正月と、美味しいものをたくさんいただきました。
これからは、一日一食、水分を沢山取って
血液をキレイにしながら体重計と血圧計とにらめっこです。
そして血圧を平常に戻す努力をして、
仕事を頑張らないといけません。
ここを間違ってはいけないのが、この世は、
自分の欲求を満たしに来た世界では無いということです。
そうではなく、この世は、誰もが自分の努力を試しに来た世界なのです。
だから、「これは間違ってる」と気づいたら、
ひたすら「それ」に向かって努力をするしかありません。
要するに「良い選択」をするのではないのです。
自分の継続した努力が、必ず「良い選択」を選ばせるようになっているのです。
だから、考えるよりまず行動すること。
自分の生活の努力と思いが、自分を善き方向へ導くものなのです。
そのことを今回の風邪と血圧が教えてくれています。
さて、性根を入れて生活努力で心身のバランスを整えます。
身体が怠いので無理せず静養していますが、
こうやって静寂の時間をいただけるということは、
あらためて自らの「人の道を生きるとは」を問う、良い機会を与えられてと、
とても感謝しています。
釈尊の言葉である
「ダンマパダ」第十九章には、
『僧侶や修行者、何らかの指導者であるからといって、
人間としての自制するべきマナーを守らず、自分の行動と一致しない
キレイ事を説教する僧侶や指導者は、「人としての道」をすでに踏み外しています。
自分の欲望と自己管理できない人が、「人の道」を説いてはいけません。
人間は、小さなことでも大きなことでも、
自分の良心に反することをやめることができた人は、
すべての悪に勝ったことになります。
その人は、「人の道」に生きる人ということができます。』
と、書かれています。
親鸞聖人は、真実の教えに遇って、
正像末和讃に
『浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし
虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし 』と、書かれています。
つまり、み教えに遇って本当に愚かなご自身に遇われたのです。
そんな愚かな自分が見えたら、自己中心的な我を是として、生きている
ことが物凄く恥ずかしくなります。そして心苦しくなって、「もう、いい」と、
自己嫌悪の心が起こってきます。
わが身、わが心に過ちはないと、
我を張って生きていくことができなくなります。
今回、静寂の時間の中で自分を深く見つめなおしてます。
そうすると、、あるわあるわ、心の中の汚れ、濁り、虚仮不実があ・・。
そして、あらためて日々の日常の中で、どれだけ「思いやり」「自他共に
生きるための自己管理・自制」「良心を生かす努力をしたのか」が問われて
いきます。これらは行為の結果や大小が問題ではないですね。
仏さまが願われていることは、決して大きなことではありません。
自分の良心に反するどんなに小さなことでも、自制して自己管理できれば、
すべての悪癖をやめることにつながる可能性があるということです。
だから「まあ、これぐらいいじゃない」という
小さなことでもバカにしてはいけない、そう思います。
つまり誰もが、自分の心の中の汚れ、濁り、虚仮不実に気づき、
どんな小さなことでもいいから自分の良心を納得させるように仕事、
家庭、家族、生活、空手等・・・していけば、必ず仕合せに向けて
いろんなことが動き始める法則があります。
だから、
小さなことでも「これはいけない」ということに気づいたら
すぐやめる勇気が必要だし、このことが実は大きな物事へ連動
していることを知っておかなければなりません。
先ほど、
「少年部と一般部の空手の稽古が終了しました」と、
潤聖から連絡がありましたが、一般部の指導員たちには、
午前中に「武道・空手道の指導者としての心得」を読んで、自らが
自戒し実践することを書いてファクスで送ってくること。
そして日々「変化表」を必ずファクスで送ってくること。
このことを全員に伝えておいてくれ。」と、
この大切な二点を伝えておきました。
これはこういった自己変化と改善を
日々継続することによって
私が人を管理しようとしているのではなく、
このような習慣を意図的に作ることによって
自らが自らを自己管理できる仕組み、習慣、良き癖を作ろうとしているのです。
この世は行為・行動の世界なのです。
小さなことでもよいから、気づいたら悪いことは止め、
良いことを淡々と実践するクセをつけていくこと。
自分の中でいつも自分の身(行動)・口(言葉)・意(心)を
客観的に内観し、反省、改善していく必要があります。
そのための一日一つの「変化表」なのです。
とにかくこういった積み重ね、継続が大きなプラスの物事への
変化に連動していくのです。
「人の道を歩む」とはまさにこういった、
「思いやり」「自他共に生きる自己管理と自制」「自己改善の自助努力」を
日々、継続してコツコツ歩んでいるといことなのです。
これらの内容は決して他者のために書いているのではありません。
まさに、なかなかそう生きれない甘くて怠惰な自分自身の愚かさに言い聞かす
ように、自らに書いているのです。
ということですから、共に頑張って、切磋琢磨しながら
「人の道」を着実に歩んでいきましょう。
それは空手道・武道の指導者、そしても念仏者の歩むべき
往生極楽の道でもあります。
輝香が「お父さんの体は風船みたい。大きくなったり、細くなったり」
と言ってましたが、血圧を下げるのには無駄なモノを落としていくのが一番
です。暮れからお正月と、美味しいものをたくさんいただきました。
これからは、一日一食、水分を沢山取って
血液をキレイにしながら体重計と血圧計とにらめっこです。
そして血圧を平常に戻す努力をして、
仕事を頑張らないといけません。
ここを間違ってはいけないのが、この世は、
自分の欲求を満たしに来た世界では無いということです。
そうではなく、この世は、誰もが自分の努力を試しに来た世界なのです。
だから、「これは間違ってる」と気づいたら、
ひたすら「それ」に向かって努力をするしかありません。
要するに「良い選択」をするのではないのです。
自分の継続した努力が、必ず「良い選択」を選ばせるようになっているのです。
だから、考えるよりまず行動すること。
自分の生活の努力と思いが、自分を善き方向へ導くものなのです。
そのことを今回の風邪と血圧が教えてくれています。
さて、性根を入れて生活努力で心身のバランスを整えます。
09:43, Sunday, Jan 10, 2016 ¦ ¦ コメント(0)